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2006年09月29日
最初の一週間の報告① *アイヒマン*
一つの学期はWeek1-8にDead Week と呼ばれるWeek9にFinal WeekのWeek10の10週間で成り立っています。その、第一週目、Week1が終わりました。新しいコース、新しい教室、新しい先生にクラスメート。。。
一つの学期はWeek1-8にDead Week と呼ばれるWeek9にFinal WeekのWeek10の10週間で成り立っています。その、第一週目、Week1が終わりました。新しいコース、新しい教室、新しい先生にクラスメート。。。
今学期のいいところか、悪いところかよく分からないのが、仕事のスケジュール。
今までは朝の7時すぎに仕事に行っていたのですが、新しい仕事は全てのクラスの
終わった直後、または、クラスとクラスの間の3時からです。そして、今までは土日は
一切仕事がなかったのが、今は毎週土曜、10−16時か4−22時であります。日曜も仕事に行く週もあります。一番早いクラスも10時と今までで一番遅いので、朝方で毎朝5時半に起きている私、朝、洗濯したり買い物に行ったりと事を済ませられるというところはいいのですが、午後、宿題をしたい時に仕事があるのは、イタい。。。
授業はというと。。。
まず、Writing 123というリサーチペーパーのクラス。この先生はとても細くてきれい☆
しかも表現力豊でおもしろい。。。。が。。。かああああんなりしゃべるのが早い!!!
先生でこれだけ早くしゃべる人は初めて。ちょっとびっくりです。聞き取れるのですが、何か聞き逃していないか不安になります。インターナショナルもクラスで私だけなので、みんなの中に何の意識も配慮もなく、ディスカッションについていく。。。だけでなく、どれだけ参加できるか。。。大変です。一番イタいのが、このクラス、リーディングがかなりの量あるのですが、そのテキストがHannah Arendtの著した "Eichmann in Jerusalem"(日本語版は『イエルサレムのアイヒマン』)有名な本らしいです。これが難しい。。。なぜ難しいかと言うと、私が歴史を知らないから。内容はあの、ユダヤ人大量虐殺の後の裁判。ユダヤ人迫害というと、ナチスとヒトラーにガス室と線路しか頭に浮かばなかった。この本の中心人物、アイヒマンなんて、昔中学校で教科書にはあったのでしょうが、全く残っていなくて、恥ずかしながら、「何、それ、誰?ヒトラーがじゃなくて?!」といった感じでした。アイヒマンは、「"Final Solution of the Jewish Question"(ユダヤ人問題の最終解決)」の表現された、ユダヤ人の絶滅計画におき、各国のユダヤ人をヨーロッパ東部の起用生収容所へ送りだすことだったようです。そして、昨晩読んだ40ページの私の理解では、彼は裁判で無罪を訴えた。
彼の主張は、「命令に従っただけ」これが1番のポイントになっていると思います。まだ40ページですが、おそらくこの本の主題は、"Is Eichmann responsible?" ー果たして権威に服従しただけのアイヒマン、大量虐殺の責任をとる必要があるのか。彼に下った判決は正しかったのかー
ほとんどの人が、「そんなん、当たり前やん!何いっとん!あれだけ多くの人を殺しておいて無罪とかありえんやん」と感じると思います。私も最初はそうでした。
私の勝手な理解で、本のテーマは想像がついたものの、やっぱり背景知識がないので、明日また40ページ以上読まなければならないのですが、理解に苦しむと思った私、今日、授業の合間にEichmannやArendtなどについて調べました。大量に資料をプリントアウトして、必要な箇所をひたすら読んだのですが(まだあと少し残っている。。。)、意外と面白い★ 昨晩はChapter1を読み終えた時点でもあまりにも分からないので、「なんなん、何でライティングのクラスの為に、リーディング、しかも普通の本で、しかも難しの読まないかんの?こんな時代のこと知らんし、アイヒマンとか聞いた事ないし、どうしよ〜」とブルーだったのですが、今日調べていくうちに、自分がたてた仮定も正しかったみたいと分かり、また、新たな、考えさせられることも出てきて、面白くなってきました。
その一つに。。。
この、『権威と服従。』アイヒマンの裁判が始まった翌年から、ミルグラム実験というのがなされてきたようです。様々な資料によると、これは、人間がある権威のもとに置かれた時、どこまでそれに従うかを追求するもの。先生と生徒を使っての実験です。実験者はまず、生徒をいすに座らせて、手足を縛る。そして、何も知らされずに連れてこられた先生に、この生徒に単語カードを渡させ、覚えさせる。そして後にテストをするのだが、生徒が間違った度に、実験者は先生に、生徒に電気ショックを与えるように命令する。先生は、生徒が間違う度、電流の強さもあげていかなければならない。ここで一つ、実際、生徒に電流は流れていない。生徒は痛がる演技をする。何も知らない先生が、この苦しむ生徒を前に、どれだけある権威=ここでいう、実験者に服従し、どこまでの段階の電流を流し、生徒を苦しませることができるかをみる実験。結果は、ほとんどの先生が、自分がやっていることは間違っていると分かっていながらも、自分と葛藤しながらも、やめてくれと泣き叫ぶ生徒に、電流を流し続けたようです。
彼らの主張は、「そうするしかなかった。実験者に従っただけ。」人間のモラルってこうも簡単に崩れてしまうのだということが分かります。そして、この、「自分は悪くない。命令した張本人が責任者」と責任逃れをする、というのが、アイヒマンのケースと同じなんです。確かにアイヒマンは、彼の監督者の命令に従って仕事をしていただけ。そして、実際にガスをほうりこみ、最終的にユダヤ人を殺害したのは、彼ではなく別の人間。ではアイヒマンには責任はないのか?
ミルグラム実験で、ごく普通の、倫理観をもった人でさえ、権力には逆らえないということがあらわになった。アイヒマンもこれと同じケースだ。アイヒマンは悪人ではなく、普通の人だ。。。と、主張したのが、このHannah Arendt。彼女は、アイヒマンの行為を正当化したことで、人々にさんざんたたかれたようだが、アイヒマンの背景や実験の結果も含めて考えると、著者が言っていることも、100%間違ってはいない気もする。
それでも、私はやっぱり彼は重い罪を背負うべきだと思います。彼は自分の下す決断により、人々がどうなるかを知っていたのだし、大量の無実な人を死に至らしめた過程における、重要な通過点を担っていたのだから、アイヒマンを含め、その他、命令に従って仕事をしていた人たちの責任は実際に命令を下していた張本人たちよりも軽いにしても、責任をなすりつけるのはいけないと思う。ガスを入れた人も、「そうするように言われたからしただけ」と言うだろう。そんなことになると、みんな無罪になる。よって、私の立場は、
Eichmann is responsible for his actions.
彼は結局死刑判決を受けたようだが、その後もこうやって様々なところで論争が繰り広げられている。
次の授業までにまた何十ページものリーディングと、その内容に関してのペーパーも提出だから大変だけれど、ethicsやpsychologyにも興味があるし、この論点も面白いと思えてきたので、ちょっと楽しみです♪
全ての授業の様子を報告しようと思ったのですが、長くなったので、次の②で他の授業のことを書きます。
投稿者 maiko : 2006年09月29日 04:40
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